charrita

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今年もsolso farm

 


最高な天気のこの日は祝日。


最高な友人達と solsofarmでピクニック。




























友達と過ごす 日本のこういう休日


ふつーの休日に飢えてるなあ〜って。



  

若者のすべて

 


若くないんだけどさ





90年代 心を奪われたTVドラマ  若者のすべて 風






Asi es la vida

 


今朝は ショッキングなニュースと共に。



正直言えば、ショッキングというか そうか  そうだよね・・  という


安心感の方が強かった感情。





charritaを始めて早8年目に突入したのですが 


スタートは勿論オアハカから。



右も左もまっさらの  言葉だって何も分からないままスタートしたこのプロジェクトは


始めは私一人から エリアス君も仲間に加わって そして


生産者や技術の有る職人さんをどうやって見つけるか どうやって進めていくか。


毎日毎日があっけなく過ぎ 何も形にならないまま これでいいのか これでいいのかと


自問自答の日々がずーーーっと続いてスタートしたcharrita。





そんな中 一つのきっかけがあって あるファミリーと知り合う事になります。


一通の殴り書きの せいぜい読めるか読めないかの名前と電話番号。



これを伝って オアハカ中心地から1時間半程のこのファミリーの家を訪ねる事に。




おせじでも こんな所に人が住んでいるの? という劣悪な環境にその住居はあり


おっかなびっくりだった記憶と もう一度来い!って言われても行けないよ・・


という覚えにくい場所だった事を鮮明に覚えています。





そのファミリーと知り合い 主にご夫婦と仕事がスタートする事になりました。


ご夫婦は いいお父さん お母さんという世代 見た目は初老のご夫婦。


後々知って行けば 文字もうまく書けないのが納得 中学をやっと出ている位の育ちの


の人達でした。



ところが 気付いてみれば この人達に惹き付けられた私達


それは このご夫婦の「心」でした。


最初は食い違う事 多々有りました。


でも  真面目にひたむきに謙虚に  真っ向から食らいついて どれだけやり直しがあっても


どれだけ大変な作業でも 絶対放棄する事の無かった 


charritaの右腕的なご夫婦でした。




奥さんの方が 結構な頭脳派で経験者でもあり。


旦那さんは 優しさゆえ 時折言う柔らかいジョークと共に 田舎の男らしく責任感が強く


バックでいつも奥さんを支え見守っている  でこぼこが丁度いい具合の


大好きな人達でした。






こちら側が日本向けに作ろうとしている内容や


細かいディティール 拘るポイントなどを 結構分かってくれるので


オアハカでのcharritaの縫い物は全て彼女にお願いしていました。



これが あの環境の中 奇跡的に生まれた関係性で 年齢は違えど友情にまで


発展していたと思います。




私達がメキシコシティーへ引っ越す事が どうしても言えなかった。


彼らはとても悲しみ  引っ越しの当日迄も  御見送りをしてくれた。


思い起こせば 毎年日本へ出張に行く前日も いつも手作りでこしらえた


日本の両親や友達へのお土産とか そういうのを


いいよって言っても 必ず家迄持って来てくれたんだった。 





そんな彼女は 出会って仕事が動きだした2〜3年後に


持病の糖尿病が悪化し 一線から退く事を虐げられます。


幾度に渡る手術、闘病生活など 食事療法も含め いつも状況を聞きながら


自分に出来る事をと いつも寄り添っていました。



私達がメキシコシティーへ移った直前では もう透析にまで進んでいた末期状態。


それでも 仕事でオアハカへ訪れる前には 


「何が食べたい? モーレ? アイスクリーム? 何でも用意して待っているから


  気をつけて早く帰って来なさい!」と


本当の父母の様な存在で 本当に可愛がってもらった・・・・



最後に有ったのは 去年の今頃。


大きな仕事でオアハカへ出張に行き  何日も掛けてこのファミリーのお宅で


連日作業をこなす。


勿論この奥さんは もっともっと進行していて寝たきりの薬付け。


一日8回に及ぶ透析という 目も当てられない状況だった。



その時 今後 もうこの人と一生会えないような気がして


とても哀しくなり 初日の夜にホテルで号泣した。




でも彼女は 生命力の強い目を持つ charritaの仕事の時の様に


絶対に諦めない人で  こんな状況にも関わらず 2015年の2月25日迄


精一杯その人生を成し遂げました。




ここ数日 彼女がふと 自宅での作業中に何度もよみがえり。


旦那さんの方に連絡をとってみると  2/25日に天国へ行ったよと。



話をする旦那さんも いつも通り穏やかに 


そして 彼女が亡くなる一日前に


「chihiroと電話で話したい」と言い 私達両方に電話を掛けたが 繋がらなかったと。


二人とも掛かって来た形跡が無く 悔やまれたが。


でも それもそれ。 そういう事だった。





私をいっぱい支えてくれ charritaをいっぱい成長させてくれたこの奥さん。



昨年暮れの自分の父に継ぎ  またしても大きな人を失った。



本当に 自分の中で大きな転機の時期なんだなあって。






彼女の死は オアハカに行ってその環境に触れる事で いっぱい思い出が蘇り


家族の面持ちや 残された旦那さんの事とか


顔を見てきちんと感じたい。



家族も一丸となって 彼女の看病に撤し そのひとかけらの場面で


私達も共に過ごせた事が 私のメキシコ人生の中で とても大きな事で




夜中まで残って仕事をした 彼らのお宅から オアハカの自宅迄帰る


真っ暗な国道。


いつも、事故が起こりません様に・・・ と 助手席で 眠くても寝れなかった事。


気をつけて ゆっくり運転するんだよ って 本当のお父さん お母さんのように


エリちゃんの事なんて 本当の息子同然。


遠く離れた別世界から来た外国人の私でさえも とーっても可愛がってくれた。


とっても信頼し合える関係だった。





残されたご家族の寂しさも分かるし


きっと やっと辛さから解放されたね 安らかにお休みって




私も訃報を聞いて  悲しみよりも 解き放たれた苦悩の方が先に訪れた。



だって あの本人の苦悩を知っているし


旦那さんのあの献身な姿も 涙無しには見られない程だったから。




家族の皆さん 本当にお疲れさまでした。





今の仕事が落ち着いたら 早くオアハカに行きたい。


料理上手で もう食べられない彼女の作る家庭料理 特にバリエーションに富んだサルサは


オアハカ一だって思ってた。



毎年日本から戻ると、日本使用のお財布とかお土産をいつもあげていて


いつも健気にそれを日常で使っていてくれていた。




彼女の大好きだった甘いものと 新しい日本の物でも持って


お花を手向けに。




もう彼女の声は聞けないけど 声を忘れる事は一生ないよ。




Asi es la vida = 人生とはそういうもの































milagro

 


今 前季の出荷準備中〜


一番忙しい時期です!




商品説明タグ作りをしていて 今季からお取り引きして頂くあのOFFさん用に

ミラグロ猫ちゃんブローチのタグを作っていた時・・・




こんな時期になってOFFさんから年賀状が届いた☆






これこそmilagroだよ


milagro= 奇跡  ミラクル




こんな事が書かれていた


エリちゃん チーちゃん 

離れているけど 二人の話題はしょっちゅう出るから 

すごく近くにいる気になっちゃうよ。

体に気をつけて 今年もいっぱい笑おうねー   って




猫好きの酒井夫婦の事を色々思い浮かべながら作業してた

お店に並んだイメージをしたり どんなお客さんが買ってくのかなとか

出荷作業は 必ずそのお客さんの事を思いながら 最終行程を行う。


笑っちゃったよ もう〜  何?見られてた??




日常のこういうウフフって思える時が たまにやって来てくれるので

頑張れる



エネルギー通しがリンクする時って 何か凄いよね!



まさにmilagroでした☆











  


amigo達と感じるメキシコシティー




amigo達と過ごす時間が とても貴重で有意義な時間です


話が尽きないから ものすごい時間使っちゃう






この人達は完全にファミリーだね






人気の日本レストランRokaiのだいちゃんと







RokaiはOPENして間もない2週間くらいの時に 友達6人で行った

あの当時は ゆっくりカウンターで 

日本人料理人 ヒロシさんとだいちゃんの包丁さばきや ユニークな会話をしながら

お任せ料理を堪能したもの

芸術的なサービスと味に 一同テンションがあがり



日本へ2ヶ月行って帰って来たら もはや予約が取れない人気のレストランに

お金なんて寝てても入って来るような人達で 連日にぎわってるって



しかし  メキシコシティーは早いね



一部の人達に 確実に日本ブーム  ブームでステイタス


知り合った友人の友人がついこないだ日本に行ってきた とかで

日本語ちょっと話してたり


私達が日本滞在中に ハネムーンで日本に来ているというこっちの友達の友達夫婦と

弾丸で東京で会ったり (勿論初対面)



日本に行けちゃう生活してる人も いっぱい居ますね ココは






つい最近 我が家の水回りなどの修理にきてくれた

最高にいい感じのbarrio(下町 庶民の)おじさん


しっかり仕事をしてくれたので チップを弾んであげたら


嬉しそうに「 mi  domingo  hehehe」 と言ったので   

ん?domingo =日曜日??


どういう意味ってエリちゃんに聞いたら

ちょっとした臨時収入とかお小遣いの事をメヒコではdomingoって言うよって


domingo=日曜=休日に遊ぶお金 って事でしょうね



メヒコのスペイン語って 完全にメヒコ語だよ


言葉の使い方が面白いし そんな裏の意味が有るの?って言葉が多くて笑える



そしていつも思うけど  色々なクラスの人達と 毎日入り混ざって会うから

気持ちもあっち行ったり こっち行ったりで 

会話する内容も全く違うし


でもいいバランスなんだよね



こういう人もいれば あんな人もいる という事を理解しながら

そんな中に 自分もいるから

ちゃんと自分のポジションが確認できる


みんな自分のポジションを分かっていて それ以上でもないし それ以下でもなく



メキシコシティー 
















 














NOTES magazine

 


そういえば 日本の展示会の時からずっと書きそびれていた話題


NOTES magazineていうプロジェクトをスタートした
沖縄の写真家しんご



3年前にキミたち3人は 沖縄からはるばる沖縄にやってきたっけ。


みんな若っ!! かっわいい〜 くりんくりんの丸坊主さあ

そりゃ オアハケーニョに薦められ カメの卵も丸呑みするさあ




そんなしんご


どうよどうよ♥♥

もう立派なおっさんやん





Olale!!   しんごもtokyo来てくれたさ〜!!!



この3人の沖縄っこ達は 義理堅く 暖かく人間味溢れる島の子なんだなあ



ひょんな事からちょこっとだけ一緒に過ごしたオアハカを去る時
みんなピュアに5人が涙したさあ。


そしてみんなが口を揃えて言った事

『必ず東京へ行く!二人に会いに 東京で会おう!!』



彼らは 毎年一人ずつびっくりさせにcharritaの展示会に
沖縄から来てくれた・・・・


最初はナオちゃん  去年はユーダイ  そして今年のサプライズはシンゴ w



もうなんなの?入れ替わり立ち変わり  あんたたちったら・・・・




展示会場に昼着いてシャッターを開けようとすると 
見知らぬ男が でっかいボストンバッグ持って 知らん顔して立ってた。



その男が まさか しんごだったなんて・・・


ホントに腰を抜かしたんだよ 私


やってくれるな 沖縄君達!!
愛が詰まってるよ。 毎年やられっ放しだよ。




あの時彼は写真家を目指していたスケーターだった

そして今 きっと報告に来たんだよね!

『ちーねーさん 俺やっとだよ』ってね。




私達に彼のファーストブックを手渡された。













NY - OKINAWA - MEXICO


彼が撮る写真は この3都市のスケートシーンばかり。








そう あの時にD.F行って来るって その時撮った
D.Fのストリートのスケートシーンが ここに収められていた。。


しんごの目線の しんごらしい ファースト作品



凄く嬉しかった




どんな作品にも『人』が出るんだよね




沖縄から来てくれて 本当にありがとう

まさかあの日に約束した事が現実になるなんて 思わなかったよ。


でも『約束』って そういう事だっけね。



















skater "M.B.P.C"

 


P曰く 豊洲のブルックリン橋 風?! の広場にて


彼らみーんな 実はスケーター☆

























MARIKO&ELIAS のセッション ww



























いいじゃん!! 

凄い楽しかったーー  こういうのいいよ。



私エリアス君が昔スケーターだったって この時初めて知りましたの。



オアハカに来た人なら分かると思うけど
彼の実家はモンテアルバンという遺跡付近にあって
そこからセントロのレストランまでの坂道を
スケートで通っていたんだって。


驚きだよ! あの強烈な坂道&でこぼこ道をスケートで通ってただとお???


エリちゃん すっかり今スケート魂取り戻しちゃって
日本でとーっても素敵な板を発注しました。



オーダーメードのね。
これがホントに素敵。
ちょっと2人でハマっているかも。


メヒコに持っていくんだって。
で普段の街移動を このスケートでやるんだって。



今月中に上がるので、届いたらUPします!


いい買い物したね。 よかったね〜





M.B.P.C

 













さあて ここは一体何処でしょう??


















ああ 素敵
モダンやねえ〜






この写真見て分かります?




正解は・・・・






イエーイ 築地本願寺^^




展示会のお休みの日


M.B.P.Cが集合して東京ツアーへ(THE M.Bさん+Pさん+C チャリータのCだよ)















どうよどうよ 江戸 いいんじゃないの〜?!






A.P.C時代の友人

 


今の時代はFBとか色々ツールがあるから
昔の仲間や地元の友達などが どんどん繋がりますよね。

すごい時代。


昨日はね A.P.C時代の仲間が意外な組み合わせで
ようやく久しぶりにお酒を飲む事が出来ました。


それもA.P.Cの後輩の子が三宿にOPENした焼き鳥 綱にて

ここの焼き鳥 レベル高いよ! 全部美味しかったよ。









サプライズのケーキまで あんた何度もお祝いしてもらってうれしいね〜







メヒコ恒例のモルディーダ モルディーダ♪♪ でケーキに顔突っ込まれる



思い出話とかそれぞれの現在とか そういう話で酒を飲むのが
一番の良いつまみです w



また集まろうね〜






BBQ

 

初めて我がアパートの屋上でBBQを開催!!


最近毎日夕方から夜はゲリラ豪雨なので
4時頃までは屋上で 雨がポツポツし出して 急いで中へ。


美味しいお肉、唐揚げ、マグロの刺身、かっぱえびせん、小鯛の煮付けなど・・・
外で食べるから尚美味しくて〜 贅沢贅沢♪

お酒部門は エリアス君お得意 モヒートと マルガリータで 
みんなも相当ハイテンション。
またこれが  みんな飲むわ〜!!






おなじみC.O.M.Eのセニョールが ”かます”を持って来てくれて  
熱心に焼いてくれる

メヒコにも”かます”が有るってのがウケる 
だって ”かます”だよ〜 メヒコだよ〜

BBQでかますを食べれるこの贅沢さ






しまった!
美味しかったのに  特製ドリンクの写真全く撮らなかった・・



そしてみんなが揃ってからは 8月誕生日組と10月誕生日組のお祝い




この4人(モルディーダ後)



恒例の「モルディ〜ダ モルディ〜ダ♪♪」で みんなケーキに顔突っ込まれて








ケーキはこの通りぐちゃぐちゃ






このメンバーが関西人が多いため 
大体酔っぱらってくると「 ○○師匠がどうだこうだ」とか
関西のお笑いのネタが必ず出るのです。


しかも大抵の師匠の事は私は知らないので
「そんな人知らないよ」と言うと「ちゃんと師匠と言え!」と叱られるのも面白くて恒例。 


そろそろかな〜と思ってると不意に師匠ネタがやってくる。
「でたー師匠!」と私もいつ出るか楽しみで。
しかも毎回違う名前の師匠が出るので
そんなに師匠っていっぱいいるのね ww


エリちゃんも「ナンデヤネン」と関西人に向かって堂々と突っ込むし
そういう言葉遊びをみんなで楽しめるのがいいよね。


なかなか面白い人達です












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